この記事の結論
- 「夢女子」は「どういうタイプのオタクなのか」を言い表す用語である
- 「フィクトセクシュアル」は「どういうタイプのセクシュアリティなのか」を言い表す用語である
- 「夢女子」と「フィクトセクシュアル」の違いは文脈の違いであって、真剣さの度合いによる区別ではない
- 自分のあり方をどう説明したいかに応じて、好きな言葉を使えばよい
フィクトセクシュアルやフィクトロマンティックに関するよくある疑問のひとつに、「夢女子とどう違うのか」という話題があります。夢女子とは、「夢小説(夢創作)」という創作ジャンルに由来する言葉ですので、まずは夢創作について確認しておきましょう。
夢創作とは、「既存の作品の中に、自分を代入できるキャラクターを登場させ、もともとの作品にはなかった人間関係を描いていく」という創作ジャンルです*1。そこで描かれる人間関係は恋愛だけではありませんし、夢創作の主人公(夢主)は書き手や読者自身とイコールではない場合もあります。
そのため、夢女子という言葉は必ずしもキャラクターとの恋愛創作を好む人だけのものではありません。とはいえ、自分自身とキャラクターとの恋愛関係を描くものが、夢創作の典型としてイメージされがちだったこともあり、キャラクターと自分自身の恋愛関係を好む女性を(BL愛好者の女性を指す「腐女子」と並んで)「夢女子」と呼ぶ用法が出てきました。
このように、「夢女子」は多様なタイプの人を含む言葉ですが、重要なのは、いずれにしても「夢女子」は「オタクのサブカテゴリー」だということです。つまり夢女子というのは、どういうタイプのオタクなのかを言い表す用語であり、どういうタイプの創作物を好むかを説明する用語なのです。
これに対してフィクトセクシュアルは「セクシュアリティのサブカテゴリー」であり、どういうタイプのセクシュアリティなのかを言い表す用語です(フィクトセクシュアルについてはこちらのポスターで簡潔に紹介しています)。異性愛者なのか同性愛者なのか、あるいはアセクシュアルなのか、デミセクシュアルなのか……そういったカテゴリーのなかのひとつがフィクトセクシュアルなのです。
なのでどちらの言葉を使うかは、どちらの文脈の話をしたいかによって決めればよいのです。また、この二つはそもそも違うカテゴリーなので、相反するわけでもなければ、イコールでもありません。夢女子かつフィクトセクシュアルという人もいるでしょうし、フィクトセクシュアルでも夢創作に触れていない人はいます。もちろん、夢女子だからといってフィクトセクシュアルを名乗らねばならないわけでもありません。
また、「夢女子は単なる趣味、フィクトセクシュアルは真剣な愛」と語る人がときおりいますが、そのような区別は正しくありません。言うまでもなく、真剣にオタクをやっている人もいます(軽いノリでオタクをやることも全く悪いことではありません)。またフィクトセクシュアルの人も自分自身とキャラクターとの関係を志向する人ばかりではありません(自分と無関係な性的ファンタジーを好む人もいます)。そもそもセクシュアリティの分類は、愛の有無や真剣さとは何も関係がないはずです(「異性愛者だけど恋愛やセックスは別にいいや」という人もいますし、逆に遊びの恋愛をしている異性愛者もいます)。また当然ですが、一人のキャラクターを愛し続けることが、さまざまなキャラクターを好むことよりも優れているわけではありません。「正しい夢女子」や「望ましいフィクトセクシュアル」の固定観念に注意しましょう。
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